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デイ・サービスの存在意義を考慮した利用者の自発性の促し

 

<はじめに>

デイ・サービスは、健常者から要介護5の方々が混在しながら日中、集団活動する性質を持つ。その中でより良い環境を作る方法として、「スタッフ―痴呆者間」の対応ももちろん大切であるが、「健常者―痴呆者(利用者同志)間」の関係をどのようにすれば望ましい環境が得られるかについて考察している。

 

<事業開始直後の状態>

デイ・サービスは短期入所施設の併設デイ・サービスとして事業を開始した。

 事業開始当初、新規利用者の殆どが既に様々な医療や福祉サービスを経験されている方々であった。新規事業としての不慣れな面もあった事もあり、他施設と比較される場面が多く見られた。

 

<問題点>

 事業開始1ヶ月程経過すると、利用者のニーズにいくつかの傾向が見え始めた。しかし、その中にいくつかデイ・サービスのニーズとしては疑問に思われるものが見られた。

 

@「能動的(する)より受動的(してもらう)」

   ex)御飯をついで欲しい、ドライブに行きたい、お茶菓子を豪華にして欲しい

 複数のデイ・サービスを過去に体験する利用者からの訴えであり、この傾向は、介護度が軽い方ほど顕著に表れていたように感じた。

 そしてスタッフは、利用者に言われるがまま「させていただく」かたちで応えていた場合が殆どであった。

 

A「専門的なリハビリを受けたい」

   ex)電気治療器にかかりたい、針治療を受けたい

 介護度が中等度の方々に多かったニーズは「白衣を着た先生からリハビリを受けたい」という事であった。しかし、その支援内容はデイ・ケアで受けてきたものであったり、また「治療器具に当たる事がリハビリである」と思いこんでいる利用者も少なくなかった。

 

 私は、デイ・サービスは利用者の自立支援のために存在する福祉事業として位置付けしていた。しかし、@Aのニーズは、この考え方を必ずしも反映しない。

そこで、どうにか利用者のニーズの方向性を変えることは出来ないかを模索してみる事にした。

 

<方法>

それまでに持ってきた経験、考え方をこちらが変えていく作業は行わず、利用者自身が自分で気づけるような場の設定に心がけた。

 

・デイ・サービス利用中のスタッフからの指示を減らし、お願いする機会を増やす

・利用者の変化を「さりげなく」利用者自身に気づいて頂くことに配慮する

 

<経過>

開始当初は否定的なクレームも少なくなかった。しかし、3ヶ月目頃から少しづつ利用者の行動、言動に変化が現れ始めた。いくつかを述べると

 

・午前中の活動時

「ここは何もしてくれない(からボーっとしている)」

→「ここは何もしてくれない(から自分で活動を見つける)」

→(スタッフが声をかけなくても)自分で活動道具をを取りだし楽しむ

 

・昼食時

スタッフが御飯をつぐまで待ち続ける

→(スタッフが他の利用者に手を取られているので)仕方なく自分でつぐ

→他の不自由のある利用者の方の分までついであげる

 

そして,これらの行動が見られる毎に、スタッフは

「○○さん、いつもすみません」

「○○さんのお陰で本当に助かります」

といったねぎらいの言葉を発するように心がけたところ,

重度痴呆の利用者の方に対する言動、行動にも変化が現れはじめた。

 

「何で、こんな人がここに来るの?」

「恐いから(重度痴呆の利用者を)やめさせてよ」

→「あの人たちも大変なのよね」

 (ご飯をこぼしたときに隣で拭いてあげる)

 (嚥下障害の方に対しての気遣いが見られる)

そして重度痴呆のデイ利用者に対する冷ややかな視線も次第に減少する傾向が現れてきた。

現在(10.13)では、「あの人がいないと寂しいね」「娘と同じぐらいの年で気になってね」

といった言葉までが聞かれるようになってきた。

 

<考察>

これまでにさまざまな経験を重ねてきた人生の先輩でもある利用者の方に対して「これはリハビリになるから」「私は介護の専門だから」という理由でスタッフが行動や言動を強制・規制することが出来る理由はない。スタッフのこういった地道な姿勢を貫いたことが現時点では介護度の軽い利用者の方に自発性、他人に対する配慮を引き出す結果になってきていると考察する。

 

<まとめ>

私たちデイ・サービスのスタッフが支援しなければならないのは「やって頂けば活動性が向上するから」というレベルではなく、いかに「いかにその活動を”行いたい”と自発的に思って頂くことができるか」というレベルではないだろうか。自立を支援するために必要なのは単に「手を出す・介助する」といったその場の感謝ではなく、利用者がやりたいと思ったときにそれを円滑に行うための環境を整備し、いつでも「見つめられる距離にいる・援助できる状態にある」安心感・信頼感ではないだろうか。「介助される」ことにいささか慣れた利用者の方が、もう一度自分の判断で歩み始めたとき、その結果のひとつとして、今回のような他者へ気遣う感覚が戻ってきたのではないであろうか。